やわらかい唇に歯をたて、ゆっくりと唇で食む。薄く目を開くと目の前の睫毛が震えているのが見えた。赤く染まった目元に鼓動が跳ねる。 誘われるように舌を差し入れると、ヒクリと肩が揺れた。初心な反応に内心ニヤケつつ逃げる舌を追いかけ絡めとる。 「…ん…っ」 縋るように腕を掴まれ、その腕で細い腰を引き寄せた。 「…ふ…っん…」 洩れる彼の甘い声がいっそうキスを深くさせ、乱れた息がリビングに響く。 口内に溢れる二人分の唾液を飲み込ませながら、苦しげに寄せられた眉に気付き顔を離した。 互いの唇を銀の糸が伝う。 「…っは…、は…」 まずい。 相手の限界を考えずつい夢中になってしまった。 怒ったかと顔色を窺うと、トロけた目がねだるように細められ、なけなしの理性が切れる音がした。肩を掴んで押し倒し、驚く彼をカーペットの上に縫い付ける 。 散々貪ったせいで赤く熟れた唇に思わず喉が鳴った。 「もう一回」 「ん…」 素直に開かれる唇を塞ぎ、さっきよりも激しく口内を犯す。高耶さんも求められるままに舌を動かした。 キスが一つの終わりになるのは女だけだ。 男はそういう訳にはいかない。彼は、今どういう状況か理解しているんだろうか。もし流されているんだとしたら…いっそ最後まで流されてもらい、既成事実を作ってしまおうか。 そんな大人失格な事を考えている内に、肩に置かれていた手が首の後ろへと滑る。甘えるように絡み付く腕に、自然と口角が上がった。 「なかなか積極的ですね」 シャツの裾に手を潜り込ませる。 「なお…」 ピンポーン 「……」 「……」 …なんだこのタイミングは。 まさか相当な用事なんだろうな。いやどんな用事でも帰れ即刻帰れ。 苛立つ俺の下で、固まっていた高耶さんが我にかえったように口を開いた。 「あ…今日新聞の支払い日だ…」 払わなくちゃ、と下から這い出てくる。嘘だろ。 呆然とする俺は、立ち上がった彼が俺の財布を持って廊下へ出ようとした所でハッと目が覚めた。 「ちょ…!待った、そんな顔で行くつもりですか!?」 はぁ?と言いつつ彼の瞳はさっきの余韻でトロトロに溶けている。そんな顔で出るっていうのか。 頭にハテナマークを浮かべた高耶さんから財布を引っ掴みドアノブを開けた。 たぶん新聞屋が帰っても、もうさっきの雰囲気にはなれないだろう。 「はぁ…」 焦るな。事を急いで高耶さんに嫌われたら元も子もない。 隠しきれないショックを抱えつつ、しかし確かな進展に拳を握り締めた。 next |